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2007.03.31

「源氏物語―物語空間を読む」

三田村雅子著、ちくま新書。
さいたま芸術劇場の「源氏語り五十四帖」で、三田村先生の解説を聴いてとても興味深かったので、早速Amazon検索。
新書版だし面白そうだし…とこの本を購入しましたが、ユーズドでしか手に入りませんでした。

深いですね、源氏物語。
この本を読まなかったら、源氏物語は、マザコンでプレイボーイな光源氏と、彼を巡る女性達の物語…という認識で終わっていたかも知れません。
深い。言うなれば、一生源氏物語で遊べる、くらい^^;
現代のケータイ小説などとは対極をなす、これぞ文学(較べるなって)

少し、引用させていただきます。
17ページより
「『源氏物語』は、すべてを語り手が説明する物語ではなく、読者の読みが背景を推し量り、人物の心情を推し量り、類推し、憶測し、再構成する物語なのである。読者への最終的な信頼のもとに、物語はさまざまな情報を手がかりとして投げ出し、配置しているのである。」
66ページより
「おそるべき真相をあらわに表現せず、読者の想像に任せ、読者の主体的な「読み」によって補完させ、膨らませ、裏づけさせることで、『源氏物語』は、それ以前の物語と比べると飛躍的に豊かな物語世界を開拓する。」
68ページより
「『源氏物語』は、知られる限りでは女性の作者によって作られた最初の物語である。(中略)自己と同性の「女」の読者というものへの、了解と信頼があったに違いない。作者がすべてを描ききらずとも、自分と同じような感受性を担い、同じような経験を積み重ねてきた読者であるなら、これだけの叙述でわかってくれるはずだという相手の能力に対する信頼と、期待のうちに、『源氏物語』は新しい歩みを始めているのである。」

読んでお分かりの通り、学術書?としては、文章がとても読みやすくて、読み物としても面白く、ぐいぐい惹き付けられて読むことができました。
私にはとても、解説なしで、「描かれていないこと」まで推し量って読み進める力量などありませんが、本書の解説を、わくわくしながら読みました。
そこにいたのは、理想的な男性の光源氏などではなく、権力志向であったりする、「人間光源氏」で、私には、こちらの方がずっと、物語として魅力的に思えました。
こういう解説を読むと、「あさきゆめみし」などは、かなり光源氏を美化して描かれているのだなと、改めて思います。
とはいえ、大和和紀さんはまた、大和さんなりの解釈で膨らませて描いていらっしゃるわけで。美化だけじゃなくてね。

自分なりの解釈なんて、一生かかっても無理かも知れませんが、奥深い源氏の世界に、もう少し踏み込んで行きたいな、と思わされました。

この本には宇治十帖の解説は含まれていませんが、そちらについては別途、「源氏物語 感覚の論理」という本も著されているようです。こちらは残念ながら、Amazonでも在庫切れ…図書館に行くしかないですな。
そして、次回の源氏語り。ちょうど、「御法」の帖なんですよ~。そう、紫の上が亡くなる。
絵巻展でも、この場面の絵に一番感動したので、やっぱり行こうかな…
多分、たぶん、当日ふらっと行ってもチケットあると思うので…

「ベルばら」より先に「あさき」に出会っていたら、西洋史じゃなく国文科に進んでいたかも知れん…(どこまでもミーハー^^;;;;;)

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