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2005.06.30

やっと内定通知

きました。いえ、息子のではありません。私のです。(息子のも出たようですけど、それはちょっとおいといて)
派遣で働いていた会社で正社員の話が出たのがゴールデンウィーク明けでした。そして、履歴書を提出して、ようやく「ゴールデン・ステップス」の翌日に人事と面接。話自体は、5月中にはすでに決まっていたのですが、面接が終わってあとは書類だけ、になってからが長かった。書類が遅れに遅れに遅れに遅れて、7月1日付入社なのに、内定通知書がやっとでき上がったのは、今日の18時過ぎでした。前日の終業後だよ@@
話が出てから、色々色々思うことがあって、ここにたくさん書きたいこともあったのですが、やはり本決まりにならないうちは書くこともままならず…結局書けないままに正社員突入じゃないか~
まぁ、まだ「私としごと」シリーズ?も途中なので、思いの数々はおいおいそちらに書くとして。

生涯最初で多分最後の内定通知を、これで私も、出版社のエディターという職業に、やっとつくことができたんだなと、ちょっと感慨深くながめつつ。
派遣で2年近く働いてきた会社ですから、勝手が分かっているという良さと、それだけにかえって難しい面と、両方あると思います。でもまぁ、決まったことですから進むしかありません。もしひるんでしまうようなことがあったら…、この夏の公演が終わったら新しい環境に飛び込むことになる真飛さんのことを思い出して、私も頑張ろうと思います(結局話はそこに行くんかいーー)

「退路を断て」とは、アイムの校長によく言われたことでしたが(主婦には、家庭という逃げ場があるから)、私の場合の退路があるとすれば、また派遣に戻ること?派遣会社の担当さんはとても良い方なので、「また機会がありましたらよろしく」なんて、口では言って下さいましたが、きっと今回のことでは派遣会社にもかなり迷惑をかけているので、道義上もう戻ることはできないでしょう。かといって、正社員で経験を積んでも、もうこれからの年齢で登録させてくれる派遣会社が他にあろうはずもなく…だから、やっぱり退路はないと思わなければ。
もし辞めたら、あとはフリーのエディターとしてやっていくしかないでしょうね。それも人脈が全ての世界ですから、絶対に「円満退社」でないといけない訳で。
とりあえず、退職金が支給されるようになる3年「目」までは辞めない、のを目標に。あとは…それから考えましょうか。一応定年は60歳だから^^ そして、定年退職しても、嘱託で来られてる方もいらっしゃるし^^

まあともかく、正社員は初体験なので、明日からどうなることやら。…といっても、見た目はしばらく今までどおりかも知れませんが。正社員体験記、またご報告致します。

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2005.06.29

劇団四季「オペラ座の怪人」

本日(6/28)のキャストは、
 オペラ座の怪人 高井治
 クリスティーヌ・ダイエ 沼尾みゆき
 ラウル・シャニュイ子爵 佐野正幸
 
高井さんブラボー! 今日の感想は、これに尽きます。

昔観た四季の舞台は記憶が美化され、さらに映画の印象が強すぎて、なかなか舞台に入り込めませんでした。
何を見ても、あの映画の豪華さには敵わない…と思い、音楽もあんなデジタル音響システムの映画館で聴いていたので迫力負け…、しかもどうしたって日本人のスタイルは映画の俳優さんたちと比べるのは酷。
同じ日本人でも、黒燕尾の着こなしなら、宝塚の男役の方がなんぼか綺麗だし…うんぬんかんぬん。
という訳で、1幕終了時はまったく、これじゃあ感想書けないよ~;_;て感じだったのですが。

しかし2幕になって、墓場のシーン。これまた舞台だと地味だよな~と思ったのですが、ここでファントムとラウルのフェンシング、なんて場面がなかったのが良かった。映画ではこれがあったことで、まるでクリスティーヌを巡る男2人の争い、というただの三角関係に見えかねなかったので。
この辺からやっと舞台に引き込まれ…、そして劇中劇で歌われる「ポイント・オブ・ノー・リターン」。これに完全にやられました。高井さん、素晴らしい…。
テノールでありながら、ラウルとは違う大人の声。やはりファントムはこうでなくては。そして、低音から高音まで綺麗なこと。
最初は違和感あった日本語の歌詞ですが、最後の地下の場面では、やはり訳が分かりやすいのが良かったです。ちゃんと泣けましたよ。それこそ、そんなつもりじゃなくてタオル出してなかったので困った…

映画と違って、ファントムを格好良くは描いてないので、よりテーマが伝わってきたといいますか。
私は見ていないけれど、四季初演の市村正親さんのファントムの延長線上にあるのかな、という感じがしました。
半面、以前に観た四季の舞台では、そういう記憶がないのです。それは、ファントムを演じていたのが山口祐一郎さんだったから、かも知れませんね~

映画のラストも良かったけれど、ファントムの座っていた椅子に残された仮面…という、舞台本来の終わり方が、やはり正統でしょうか。どちらも観れて、良かったです^^

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2005.06.27

私としごと―3(BlogPet)

きょう金木犀で、言葉がblogした。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ako」が書きました。

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2005.06.18

私としごと―3

アイムパーソナルカレッジに申し込むきっかけになったのは、公民館の講座の講師の言葉でした。その頃在宅校正しかしていなかった私に、何かの形で幅を広げた方が良いわよ、と言って下さって。
アイムの印象は「なんか面白そう」だったのと(笑)、やはり内容が編集とかそういう方向に無縁ではなかったので、惹かれたのですね。
今は、かなりコースなども変わっていますが、私が通ったのは3ヵ月間のプレコースと、1年間のデザインコースでした。娘が幼稚園年少後半の3ヵ月と、年中の1年間。どちらも午前中3時間のコースだったので、幼稚園は延長保育を頼んで、ランチしてから帰っていたような。そう書くと、かなりカルチャースクールののりですが…

内容は濃いかつユニークでしたねぇ。
目白に通ったプレコースは、まず「主婦の垢を落とす」ところから始まり(笑)、毎週何かしら課題が出るのですが、例えば、素敵なお店を見つけて突撃取材し、結果を写真入りで記事にする、とか、年末年始の課題で、クリスマスやお正月のデザインで飾られたビルのウインドーを撮影してくる、とか。
課題遂行には条件があって、必ず1人で行うこと。1人じゃ何もできない「箱入り主婦」からの脱皮というか^^;
そこで最後の課題となったのが前にも書いた「10年後の私」でした。えっと、これはプレコース終了時とデザインコース終了時の2回、書かされた気がします。で、文集にまとめる時に1人ずつ見開きにして。本科(笑←何を連想してるの?)を経て、私の中でもかなり内容が変わっておりましたね。
課題発表以外にも、講座の時間内の同期生(また~^^;)とのディスカッション、その後の食事…と、刺激が多くて楽しい日々でした。プレコースで一緒だった仲間は、その後各コースに散っていきましたが、いまも年賀状などでその後の活躍ぶり?を知るのが楽しみでもあります。

さて、本科に移る時のコース選択で、私は本当はライターコースに行きたかったのです。書くことが好きで、できればそれを仕事にしたいと思っていたから。でも、ライターコースは夜の3時間のコース。子供たちのことを考えると、やはりこれはどうしても踏み切れませんでした。
で、実は泣く泣くデザインコースに。でも、結果的にはこちらの方が自分には向いていたのですから、分からないものですね。長くなってしまったので一度切ります。

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2005.06.13

衣替え(BlogPet)

きょうakoは、金木犀と気分をblogされた!
きょうは金木犀で本題みたいなblogしたかも。
きのう金木犀の、暖色にblogするつもりだった?


きのうはつばさ出演♪もうお休み7日目ってことですか〜やはりたっぷりありますね。
..


*このエントリは、BlogPetの「ako」が書きました。

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2005.06.12

私としごと―2

娘が生まれてから、幼稚園年少に入園するまで住んだところは、東京都保谷市(当時)でした。
公民館講座などの生涯学習が非常に進んだ地域で、女性学の講座も毎期、あちこちの公民館で催されており、内容も女性史から考えるものであったり、再就職アドバイザーを招いての実践的なものであったり、と充実していました。
それが今から16年ほど前のことですね。それからさいたまに引っ越してきて、さて公民館の講座…と探して愕然。こちらでは、女性対象のものというと、料理や手芸だったり、せいぜい母親学級的なものしかなく、ひどくがっかりしたのを憶えています。
最近でこそ、女性学というより男女共生的な、興味深い講座も増えてきましたが、東京に較べたら10年は遅れている、という印象があります。

さて、公民館の講座を2講座受講して、色んなことに気づかされ、ただ漠然と「外に出たい」という気持ちだったのが、やはり「仕事をしたい」という方向に固まってきました。
講座に通い、友の会の活動も続け、加えて社宅暮らしでしたから、日々の賑やかなお付き合いの中での子育て、という日常の中で、一方で校正の通信教育を受け始めました。娘が2歳の頃です。
日本エディタースクールが実施しているこの通信教育は、内容も充実していて、かなり高度な知識が身につけられます。終了後は校正技能検定試験を受験して4級取得。
この資格自体は、出版社でも認知度はそんなに高くないですが、一応履歴書にも書けますし、何より「エディタースクール」といえば、出版関係者には良く知られている学校なので、ある程度安心感を持ってもらえたのではと思います。
なぜ「校正」を選んだのかというと…これは、大学の同期生で新聞社に就職した友人が、ちらっと校正のことを言っていた…のが耳に残っていて興味があったのと、やはり本が好きだったから。そして、ネットもないあの頃、新聞の広告でこの通信教育のことを知ったからでした。

まだ良い時代で、あの頃は、新聞の求人広告にも「在宅校正」が時々掲載されました。最初の仕事はそんな広告で探したものですが、面接の日は、3歳になったばかりの娘も一緒に連れて行きました(だって、いちいちご近所に預けるわけにも…)。幸い、そこの社長には気に入って頂いて、あめとか頂きましたが…
その会社と、あと2社ほどで、名簿やら学参の仕事をしたでしょうか。

次の転機は、娘の幼稚園入園を控えての転居と、その半年後から通い始めた、主婦のための再就職スクール「アイムパーソナルカレッジ」での体験でした。この学校を知ったのも、公民館講座の講師から。投稿誌「わいふ」編集長の田中喜美子さんや、原田ワーキングライフ研究所代表の原田静枝さん。この記事を書くためにネットで検索したら、お2人ともまだまだお元気でバリバリご活躍のご様子でいらっしゃり、とても嬉しいです。

次回は、強烈だった「アイム体験」について…

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2005.06.11

私としごと―1

う~ん、どうもしっくり来ないタイトルです。良いのを思いついたら変えるかも知れません。
さて、もう大体本決まりで、あとは書類をかわせば決定…なので、今さら「あの話はなかったことに…」とはならないと思うので(なったらなったで笑ってやって下さい)、書いちゃいますが、いま、派遣で働いている会社で、来月から正社員として働くことになりそうです。
この歳で初めての正社員体験、ということで不安だらけなのですが、この機会に、今までの仕事をめぐる私のあゆみなんぞ、整理してみようかと思い立ちました。
恥を晒すだけ…とは思いますが、まあせっかくこういう場があることだし、記録としてね。その上で、自分で自分の背中をどんっと押して、7月に突入したいと、思う訳であります。

さて、以前にも書きましたが、私は大学卒業後半年で結婚、翌年には息子も生まれ、という状況のもと、そもそも在学中から就職活動なるものさえしませんでした。同級生からは「何で?」と目を丸くされ…まあ一応、形だけ教員採用試験は受けましたが、浮かれ浮かれて何の勉強もせず、合格する訳がありません。
それでも、卒業間際になって、母校の先生から声を掛けて頂き、1年だけ中高の非常勤講師をしました。母校では、正規の教員は選んで選んで選び抜きますが、非常勤については、そこら辺で手の空いてる卒業生とかで、お手軽に済ませる傾向があったようで…(いえ、中にはベテランの方もいらっしゃいましたけれど)
今にして思えば、ほんっとうに生徒&親御さんには申し訳なかったと思います。私が教えられるんなら誰でも教えられますーー
それも後半は、新婚旅行で休講にするわつわりで休講にするわーー、あちこちにご迷惑をおかけしました。

非常勤の傍ら、進○ゼミの赤ペン先生も始めていました。しかしこちらも、お腹が8ヵ月目に入った頃、安静を命じられてギブアップ。これも迷惑かけちゃったなぁ…最後の仕事は仕上げられずに返しました。ハンサムな担当さんだった…(何を今ごろ思い出すんだかーー)お腹の大きい私に向かってじゃ文句も言えず、気の毒でした。

いざ子供が生まれてみたら、もう色々と大変な子育てで、そこから4歳違いで娘が生まれて東京に引っ越して…を挟んでの6年ほどの間は、正真正銘、仕事に関する事は何もしない日々でした。
でも、その間婦人の友の会で活動したり、ベビースイミングや、幼稚園前の自主保育グループ参加、また編物やパンを習いに行ったりと、まぁ私にとってはあれもなくてはならない期間だったのでしょう。第一、友の会というところは、調べものなど、常に宿題があったので、ずっとノートとペンとは縁の切れない生活でもありました。

娘が1歳になって、これで託児に預けて公民館の講座に参加できる!わくわくして受講した、いわゆる女性問題の講座。ここらへんが一つの転機だったでしょうか。続きは明日…?

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今夜はステーキ

世の中のお宅で、ステーキがどのくらいの頻度で食卓に上るものか分かりませんが、そう言えば我が家はめったに家でステーキをしない。「三田屋本店」(←これは兵庫県の本店へのリンクです。実際行くのは地元のデパートに入っている店ですが、適当なページがなかったので。ちなみに支店でも「三田屋本店」という名前^^;)に食べに行くことはあるけれど、家で食べるのはいつ以来だろう?と思い出しても思い出せませんでした(爆)
お肉は高いし、うまく焼けるかと思うといつも二の足を踏む。第一、自分では買えない…てことでつい遠ざかっていましたが、今日は、ボーナスが出たばかりの夫が^^、出かけたついでにステーキ肉を買ってきてくれました。

家で焼くとすると、いつもはフライパンで焼いていましたが、慣れないせいか?どうもこれが今ひとつ。焼けすぎたり焼き足りなかったり。また、1枚ずつしか焼けないから、最後に自分のを焼き終わる頃には他の人は半分くらい食べちゃってる…と、どうも気ぜわしくて。
それならば、と、今日は初めて、ホットプレートで焼くことに。先日、16年ぶり?に新調したところなので。
あらかじめ切っておいて、各人が自分の分を焼きながら食べる。これなら台所も汚れないし(リビングが汚れるって^^;)、私が楽。ナイフやフォークも出さなくてすむし。これも、ヒントは三田屋から。三田屋では、熱した鉄板の上に切った肉と野菜が乗っていて、余熱で焼いて食べるんです。
とりあえず夫と2人だったんですが、なかなか良かったです。食べるのがゆっくりな私には、いつも熱々のものが食べられるのも嬉しいし。一緒に買って来たワインも開けて…、はい、夫はいま、すやすやうたた寝中^^;

今のホットプレートは、板が簡単に外れるようになっていて、後で洗うのも楽ですしね。ただこのホットプレート、VISAカードのポイントでもらったものなので、さすがにメーカー品でなく、プレートも一種類。本当は、焼肉用の波型のプレートで焼きたいところですね。あれだと油が落ちるでしょう。普通の板だと、やはり後で油が回ってくる、て感じです。
まっともかく、三田屋で食べるよりは安いけど…という程度でかなりな出費でございましたが、これからボーナスごとの慣例にして頂きましょうか~^^

ああ~なかなか書こうとしていることに辿り着きません。
おまけにどうしても週末まとめてアップだわぁ。今週は、それでも「花のみち」に色々書いてしまったので、寝不足でハードな日々でありました。さあ、あと一つ、アップできるかな?

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夏樹静子のエッセイ

何冊かあるようですが、図書館で「往ったり来たり」を借りてきて読みました。
夏樹静子というと「主婦作家」のイメージがありますが、文字通りそうだったのは、処女作「天使が消えていく」の執筆状況のみで、その後は立派な職業作家(なんて言葉があるのか?ないよな…)でいらしたのは言うまでもありません。
今回エッセイを読んで、夏樹さんの作家としての人生を垣間見ることができて、改めてそのことを感じたのでした。
子供を育てながら、あれだけの数の本を書き…、しかも、ご自身は就職の経験もない中で、取材の力だけであれだけの多方面の知識に溢れる作品を書かれたこと…それがどんなにすごいことか。

私は、夏樹さんの作品の、もちろん推理小説としての部分も大好きなのですが、それ以上に背景というか、綿密な取材に基づいて展開される世界、そのものが好きで…。それが楽しみで次々に読み漁り、多分短編含めて、ごく新しいもの以外は制覇しているはずです。
それと多分、文体と相性がいいんでしょうね。とても文章が好きです。
あ、どの本が一番お気に入りかと言いますと…これは、背景が好き、と言ったことと矛盾しておりますが、やはり、推理小説としての謎解き部分に「やられたー」と思った、「訃報は午後二時に届く」なんですけれど^^
夏樹さんご自身は、推理小説というジャンルでないものにも興味をお持ちのようですが、「白愁のとき」なんかはとても良かったけれど、やはり私は、推理小説だからこその魅力だと思うのですね、背景の豊かさも。

作品を語り出すときりがない…というか、読む側から忘れる人ですからーー、いずれ読み返せる日がきたら、WEB上で整理したいな~なんて、これも夢の一つですが。
さて、エッセイの中に、印象に残る文章があったので引用させて頂きます。
ひとつが
「過去や思い出は大切なものだが、人間はいくつになっても、これからどう生きるかしかないと思うのである。」
そしてもうひとつが、サン=テグジュペリの文章として引用されているもので
「大切なのは、どこかを指して行くことなので、到着することではないのだ、というのも、死、以外に到着というものはあり得ないのだから」
過去を慈しむタイプでない私にとっては、よけいに心に響く言葉でありましたが、ここで、次の記事から、ちょっと今までを振り返ることで、これから歩み出すきっかけにしようかと、思っております。

(テンプレートは試行錯誤中です…ころころ変わってすみませんーー)

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2005.06.04

衣替え

本題に入る前に、気分でまたテンプレート変えました。
どもうやっぱり暖色系が恋しいらしい…^^;

さて、もう、今日しかない!てことで、午後から私と夫の服を衣替え…の前に、まずは大整理しよう!と思い、資源ゴミ用の透明ビニール袋を手に、たんすの前に。
しかし…、結局あまり捨てられなかったーー やっとこさゴミ袋1杯分だけ。
本当は、もっともっと処分して、すっきりさせたかったのですが…
私の服って、大したものはないくせに、なぜか数だけはある。なのになぜ処分できないかというと、その中に、かなりの割合で、母からの貰いもの、があるからなのです。

元来私の母は、買い物好き。自分で持っている服の数もかなりのものですが、それでも毎シーズン新たに買う。ま、それは良いとして、買ったはいいけれど、「私にはちょっと派手やったから…」「ちょっと大きかったから…」というものを、私にくれるのです。それとか、自分で着ていたけれど、サイズが合わなくなったとか、理由は色々。
中には、ヒットするものもありますよ。それは重宝してるんですけど…
でも、重宝していた冬のジャケット。でも袖だけが短い…なんで?11号なのに…とずっと思っていて、こないだ訊いたら、「あっそれ、袖丈詰めたから」って…それ聞いた時は脱力しました^^;
まぁそんな調子で、元々が母の視点で、母用に選んでいるものですから、いくら彼女が若く見えて、歳より若いものを選んでいるといっても、私からみたら、少なくとも10年は後で着れるだろう、というものがほとんどーー;
だから、私のワードローブには、もう10年くらい前から、おばさまブランドのレ○アンとか、ごろごろしてるわけで。

やはり、貰ったものというのは自分が気に入って選んだものではないので、自分でも買ってしまう→ものが増える。という図式です。貰って結局あまり着ていない服たち…でも、「あれ、良かったやろ」と言われると、なんとも答えようがなく、捨てるに捨てられずーー;、クローゼットの中がそんな服で占領されることに。
いらなきゃ最初からそう言えばいいんです。「いらない」って。それが言えないんですよ~、気が弱い娘なんだーー;
私の娘だったら、ぜったいに私の服なんて拒否するので、最初からこっちもやろうとは思わないし、向こうもはっきり言うでしょう。
なんだかな~、私と母の親子関係を象徴しておりますが…優しい、とは言いませんよねこういうのは。

加えて、母がくれるものも、私が自分で買うものも、今まではいわゆる「主婦」の服でした。派遣で働く身になっても、対外的な仕事ではないので、別にそれで困ることもなく今まで来たのですが、こないだ急に編集会議(という名のお食事会)に出ることになり。
ビジネススーツなんて持ってません。買いましたよ、また。さらにモノが増えるし、出費もかさんだけど、来年、娘の大学の入学式について行ったら着れるから、と自分を納得させてーー
ほんとのビジネススーツは、短いタイトスカートまたはパンツスーツになってしまうので、まぁちょっとはおばさん入ってますが。

昔、(婦人の)友の会にいた頃、「服の持ち数調べ」をやったことがあり、まぁ主婦とはいえ、外に出ることの多い会員さんでも、少ない数でとてもそうは思えない多彩な着こなしをされている方がいらして、あこがれたものでした。
すっきりした暮らし…遠いものなのは、自分の性格にもよりますねぇ…
(私と違ってはっきりしてる娘は、どんどん買ってどんどん捨てる!それもまた何だかなぁ…ですが)

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