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2005.01.27

今週の反省

今の会社は外資なせいか、それともたまたま私のいるセクションがそうなのか分かりませんが、社員と派遣の間には高い壁があって、仕事以外の話をする機会はめったにありません。なので、社員の方のプライベートは全く知りません。
そんな中、女性社員の方が、今年から苗字が変わったというか、違う姓で呼ぶことになったというお話で。急に降って湧いた話に、私たち派遣3人は、「どうしたんだろうね~」と言いつつ、他の社員の方に確かめるような場もなく。
そこで、結婚されたんだ、と何の疑いもなく思い込んだ私。いつの間に?とは思ったけれど、ま、式や新婚旅行をしない人もいることだしと。
たまたま、彼女と洗面所で2人になったので、早速「ご結婚されたんですか?」と聞いたらば…あああ、やってしまいましたーー
「いえー、離婚したんです」
若い女性が苗字が変わったら結婚、と思い込んでしまう私のステレオタイプさというか、自分の物差しでしか世の中を計れない、これぞ主婦=オバサンの狭量さだと、つくづく自分に嫌気がさしましたーー;(いえ。主婦でもオバサンでも、気がつく人はつきますよね。私が能天気なだけです)

離婚されたのはずっと前の話で、でもずるずる前の苗字を使い続けていたので、今年からは職場でも旧姓にしたら、と上司が言ってくれたから、とのことでしたが。
いくら私でも、ちょっとでもその可能性に思い至っていたら直接訊いたりはしなかったと思いますが、やはり皆に不思議がられたらしく、聞かれたら説明しなきゃなりませんよね。
離婚なんて珍しくもない時代とは言え、そういう手間やわずらわしさが、やっぱり女性にはついて回るものなのですね。気分的には旧姓に戻したいけど、それでわざわざ公にするなら、とか…

同窓会の名簿を貰うたびに思いますが、その点男の人はいいですよね。名簿を見たって、独身なのか既婚なのか離婚したのか再婚したのか、そんなことまったく分かりませんもの。
女子は、丸分かりですものね。夫婦別姓とか、旦那さんが養子に来たとか、そんな例外はやはり少ないですから。

いまの生活にどっぷりと漬かってしまって、何も苦労知らずの世間知らずの奥さまである自分なのだと思い知らされ…、それはそうとして、それでもほかの人の立場に立って物を考えること位できなければ、社会人とは言えない、と猛反省したのでありました。

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2005.01.25

年賀状あれこれ

今週のAERAに、『夫の名が消える 母子年賀状の「なぜ」』という見出しをみつけてちょっとぎょっとしたのですが。
考えてみたら、母子年賀状自体はあり得ることですよね。
例えば、公園友達とか、母と子どうしでお付き合いしてる仲間うちだったら…。私も、子供が小さい時はそういう年賀状をもらったことがあるような気がします。
今年の年賀状の中では、母子年賀状は1枚だけ、正真正銘母子家庭のいとこの所からだけでしたけど。

さて。貰ったことはあるけれど出したことはない、母子年賀状。それどころか私個人の名前の年賀状も、お正月になってからあわててお返事を書く時以外は出したことがないです。
もう10年以上も前かな、再就職スクールに通っていた頃、私個人名のバージョンも作ろうとしたことがありました。スクールの先生とか生徒仲間に出すのに、家族連名おまけに夫の名前が筆頭では、誰から来たのか分かりづらいだろうと思って。
そうしたら、夫がものすごく怒ったのです。「年賀状ってのは家族名で出すもんや」「俺だって、俺一人の名前では出さへんやないか」って… その剣幕にびっくりしつつ、私個人名バージョンは印刷することなく消去したのでしたが。

年賀状をどうとらえるか、てことですね。夫にしてみたら、年賀状は家族で出すもの、という意識があるのでしょう。
必ずコメントを入れるので、ちゃんと読めば分かってもらえると思うけど、夫と違って筆頭に私の名前がある訳じゃないから分かりにくのは確か。友人なら良いけどね。
でもそう言えば、夫のところにも女性からの年賀状は来ますが、既婚女性の場合は必ず夫婦連名になっていますね。女性の個人名で来たら、私も「えっ」って思うかなぁ?いや別に思わないと思うけど^^;

ためしに、今年私宛に頂いた年賀状を数えてみました。そうしたら意外なことに、家族連名の年賀状と、個人名の年賀状がほぼ同数でした。夫婦連名は、その半分でしたね。(お独りの方からの個人名、ご夫婦お2人住まいの方からの夫婦連名、は数に入れていません)
家族持ちでも最初っから個人名で下さってる方もいますが、それは別として。
面白いなと思ったのは、以前は家族連名だった人が、子供が大きくなると夫婦連名になるのではなく、個人名になる。このパターンが、私がもらう賀状には多いようなのです。「母子年賀状」ではないけど、夫の名が消えたのは同じ。別に、だからどうってことはないだろうけど、年賀状も個人間のやり取り、という意識になっていってるのだろうなと。

ちなみに、今年我が家で出した年賀状のパターンは。
まず、オモテの差出人欄に、夫と私の夫婦連名。
ウラは、小さな写真をコラージュ(息子、娘、夫婦の3枚)。(写真なしは結局ほんの数枚しか使いませんでした)
そして、スペースの関係で小さくなったけど、挨拶文とともに、家族の連名を。
ただし、私関係でたくさんコメントを書きたい人の分は、ウラの挨拶文と連名は抜いたので、夫婦名で出したことになりますね。(でも写真の横に名前書いたりしたけど^^;)
いつの間にか夫に洗脳されたのか?、今後も多分、子供の名が消えることはあっても、夫婦名で出すことになるんだろうな~と思います。

頂く賀状の中には、こんなのもあります。主に親戚関係ですが、家族ぐるみ知っている間柄でも、宛名は夫のみ。そして差出人も、向こうの世帯主のみだったりする。年賀状は家と家とのやり取り、そしてそこでは妻は陰の存在なのだと知らされているようで、ちょっと寂しい気もします。だから私は極力、親戚関係は宛名も連名にするようにしていますが。

今年は、はやばやとお年玉年賀葉書の引き換えも済ませました。後は仕分けして50音順にし、ガムテープで背を止めて本状態にして保管です。今年は仕事が早いわ^^
お年玉の本数が年々減るのが気になりますが、去年まであったレターセット、あれはなくして正解です。去年当たって喜んだら、昔のと違ってあまりのちゃちさに腹が立ってしまって。切手の方がなんぼかマシだと思いましたから。

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「巴里の恋愛協奏曲」(こうさぎ)

きのうakoが、ここでお天気はょした?
またakoはkinmokuseiはうちへblogしなかったよ。
kinmokuseiは、

久しぶりに、映画館で映画を見ました。
仕事が切れていた頃は、レディースデーを利用

といってました。

*このエントリは、こうさぎの「ako」が書きました。

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2005.01.23

カロリー消費と供給の関係

去年、面白いように減り続けていた体重が、ここへ来て停滞…どころか、びみょーに盛り返しつつある今日この頃ーー
思えば、去年減ったのは、骨盤矯正で体のゆがみが取れたこともあるでしょうが、やはり本質的には、タイトルにした「カロリー消費と供給の関係」だったのだと気づいた次第です。

仕事がなくて家にいた頃。真面目に夕食を作ります。バランスは取れていたかも知れない。でも、私の消費カロリーを考えたら、「食べすぎ」だった。間食もする訳ですしね。現にいま、土日にそういう生活をすると、てきめんに1~2キロ増えてしまうのですもの。まっ私って、お世辞にもくるくるよく動くタイプではない。親元にいた時もよく「牛」と言われていたもんです^^; カロリー消費の悪いタイプなのです。

そしていま。往復3時間の通勤。そこに40分のウォーキングが含まれる。会社に着いてしまえばほとんど座っているだけだけど、通勤だけでかなりなカロリー消費と思われます。
食生活は、朝は前と同じだけど、お昼は家にいるときよりしっかり食べる。夜は軽めになる。そんなに作れないから。
それに加え、去年は何かと胃の調子がいまいちだったり、味覚障害まであったから、「食べる」ことがそんなに楽しくなかったのかも知れない…なんせ、チョコレートを美味しいとも食べたいとも思わなかったんだから@@

最近はお陰さまで、胃の調子もすこぶる良く。そして、これが一番の原因だと思うのですが、仕事が忙しいので帰宅が遅くなる。すると、おかずを色々作る余裕がなくて、つい「ご飯もの」にしてしまう…。生協で、便利なものが色々あるのですよ。冷凍のレトルトで、牛丼の具とか五目うまに丼の具とか、、、またそれが美味しいの。先週の最悪は、ご飯もなくて、冷凍の鶏ごぼうピラフでした;_;
その上、ストレス発散~の気分になって(何の?仕事のです一応)、食後にお茶入れてお菓子まで食べる。遅くまで起きてるので遅くまで食べる。これぢゃーねー、やせる訳ないよねーー;;;

反省しました。土日を終えた今も、お腹が「食べすぎた」と言っております。形状からして。今日はとっととお風呂に入って歯も磨いてしまいましたがさすがに。
悪循環を断って晩のおかずを充実させるためには。夜下ごしらえをして、朝出勤前に一品でも作っておく。そのためには、前夜にPCに向かうのは最後の最後にして、先にやるべきことを片付ける。そして早く寝る。
そーです。「ルーティンな生活」、これです。働いているならそれなりに、規則正しい生活にしないと、ですね。
まーねー、書きたいことがあると、ご飯も食べないでPCに向かってしまう人なのでね。家での夜のスタート時間が遅い以上、完璧ルーティンもかえってストレスをためるかも知れませんが(結局家事だけで終わってしまうとか)

折り良く?娘も「最近食べすぎ。やばい」と言い出したので、また一緒に頑張ろうと思います。
私の適正体重は、400ml献血がぎりぎりできる程度、と(自分で決めただけですけどね)ここに公言しておくことにしますわ。

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家が片付かないわけ

今日は、マンションを住み替えて新居にお引越しした友人宅を訪問。
駅の改札口まで2分あれば十分行ける、という絶好のロケーションもさることながら、すっきり片付いた室内に、ただただ感動して帰ってきました。
帰ってくるみちみち、うちは何で片付かないんだろう…そうだ。夫の荷物だ。夫のモロモロの荷物、これは普通のお家にはないものだから、これがなければウチもきっとすっきりするのに、と最初は思ったのですが。そして、でも、なくなったらウチがウチぢゃなくなっちゃう訳だから、しょーがないんだ、と思考がつながり。

でも待てよ。違いました。人のせいにしてはいけません。
すっきり片付いたお家というのは、物が出てないのです。物がないんじゃありません。ごちゃごちゃと出ていない。しまわれているってことです。
そういう暮らしに憧れるけれど、そして、出したら出しっ放しの子供達の部屋を見ては叫ぶ毎日の私ですが、でも、物をしまえないのは、私も一緒でした。
何でかな~。例えば台所も、今のマンションのモデルルームを見に来た時何が気に入ったって、流し台の上に、お玉やら色んなものを吊るしておけるフックつきのバーが付いてたんですよね。2本も。これよこれ。ってことで、フックの数だけ吊るしてあるいま。
また、洗濯物はもちろん、今日着ていた服を脱いだらそのまま、の娘を怒れるのだろうか。
私も、ウチにはウォークインクローゼットもブティックハンガーもないからいけないんだよ、とつぶやきつつ、(一応物置部屋ではある北側の部屋にだけど)椅子の背にセーターをばさばさかけ、タンスやクローゼットの取っ手にスカートハンガーをかかるだけぶら下げ…。そんなこと、ウォークインクローゼットのない人だってやってないですってば。
でもできないんです。しまうことが。

なぜできないのか。解明の手がかりは二つ。
一つ目は育ってきた環境? ともかく、片付いた家、というのに住んだことがありません。実家は、特に新しく家を建てて引っ越してからは、収納が多すぎて困ってる、というほど収納の多い家ですが、入れるところがあったってしまえないものはしまえないーー。至るところに至るものが出ている家です。
二つ目は一つ目と大いに関係してますが、そんな私の母はもちO型です。私もです。というか、ウチは家族全員O型です。血液型で人を判断する弊害が、学校や職場や色んなところで出ていてとんでもない、という記事がAERAにも載ってましたが。でも絶対関係ある気がするな。
O型でも、すっきり物の出ていない家、を(努力せず)実践してらっしゃる方っているのでしょうか。少なくとも、私の周りにはいない。もしいらしたら、「私にもできるかも」って頑張る気になれるかも知れんけど…

って、なんてなんて人任せ。責任回避。現実逃避。…と思うのですが、何だか、片付けるということにgive upしてきた今日この頃。しまえないは言い訳かビョーキか…ビョーキかもとも思えてきました。
乗り越えられる日が来るのか。人間成長だと思って頑張りますけど? 
でもそんな人が、無理してすっきり全部しまっちゃったら、今度はそれが落ち着かなくて体に悪いかも。
…とまで言い訳してどーする>自分(しかも誰に対して言い訳してるのーー;;;)

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2005.01.21

「巴里の恋愛協奏曲」

久しぶりに、映画館で映画を見ました。
仕事が切れていた頃は、レディースデーを利用してよくシネコンで映画を見たものでしたが、フルタイム勤務になってからは映画館とはとんとご無沙汰。
というのも、我が夫は、映画は映画館では見ない主義です。その代わり、じっつにまめにTVから録画して、じっつにまめに見ております。最近は、ケーブルTVの日本映画チャンネルだけでは飽き足らず、どうやら東映チャンネルとかいうのにも加入したらしい。
私はながら族の夫と違って、一度に一つのことしかできない人なので、家で録画したものを見る時間はない。せっかくHDに入れてあっても、「いつになったら見るねん!もう消すぞ」と言われ「いいよ~べつに~」となってしまいますーー
かといって、土日に一人で映画館に行くのはいくら何でもちょっと…という訳で、映画自体長いこと見ていませんでした。
今日はなぜ映画館に行けたかというと、会社の新年行事のため、派遣は3時上がりだったからです。去年はその日に、六本木ヒルズまでウォーキングして、展望台に上がり、東京タワーがライトアップされる時間まで粘ったのでした。
今年は、どうせならちょっと小じゃれた映画を見たいと思い、シャンテシネへ。用がなくても足が勝手に日比谷に向くということは…あるかも^^; いつも通り過ぎるばっかりで、入ったのは初めてでした。

さて、前置きが長くなりましたが、「巴里の恋愛協奏曲
ミュージカル映画と思って見始めたら何か勝手が違う…オペレッタと気づいてからは、作品に入り込めました。ちゃんと3幕仕立てになってるし、ストーリーは何てことないけど、最後は大団円で終わるところもいかにも、って感じで。
何より、1920年代パリの上流社会、お衣裳から舞台装置から、お洒落お洒落。特にドレスの数々は素晴らしく、目の保養になりました。(余談ですが、国はアメリカだけど、時代は同じだったはずのコムちゃんの「あの日みた夢に」。何でまーちゃんのお衣裳は、あんなことになっちゃったんでしょうか…。デザインは似てるけど、素材がいけなかったんだろうな~。思い出すだに気の毒で)
音楽も、当然知ってるメロディーはない訳ですけど、なかなか良かったんですが、歌手が…
特に主役?の熟年人妻役、ザビーヌ・アゼマの歌が頼りなさすぎて、惜しい。もうちょっと聴かせてくれたらなぁ~
途中ちょっと意識を失いましたが(2幕は眠いものです?!)、3幕目はしっかり目も覚めて、思わず吹き出しつつ楽しめました。しかしアパート管理人さん、男優さんだったんですか…@@
そしてこれはフランス映画で、俳優さんもみなフランス人。仏語映画というのも久しぶりで、やっぱり仏語は美しいな~と、台詞も耳から楽しめました(全然聞き取れませんけどねもちろん)

でも、ミュージカル映画にしてもオペラやオペレッタの映画にしてもそうですが、舞台にのせられるものは、やはり舞台で観た方が良いかもな~と、ちょっと思いました。
映画には映画だからこその魅力、それはスペクタクルだったり映像の美しさだったり色々ですが、映画でなければ出せない魅力を楽しみたいと思う訳です。
まあ、「シカゴ」は良かったし、「オペラ座の怪人」も見に行きたいし、舞台を観るよりずっとお安く見れる訳ですけど、やっぱり本来は舞台で観たいものです。
シャンテシネは、そう難解でも固くもなく、お洒落で良質の映画を上映しているので、機会があったらまた行きたいなと思いました。しかし、会社帰りに夜わざわざ映画ってのも何だし、宝塚を観たついででは、感動の両立が難しそうだし…?

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2005.01.17

経験した者と経験していない者

阪神淡路大震災から、今日で10年になりました。
そして今年は、戦後60年の年でもあります。

私の母は、戦災を経験したか経験していないかで、天と地ほどの違いがある、とよく言っていました。
(母は地方都市出身なので、空襲で家を失い、大変な戦後時代を過ごしましたが、父はそういう苦労をしていません)
震災後、大学時代の神戸の友人が送ってくれた手記の中で、彼女も同じようなことを言っていたのを思い出します。
彼女のお母さんも戦災に遭われていて、でもいくら話を聞いても、お母さんの思いを完全に共有することは叶わなかった。それが、奇しくも震災という経験を共有したことで、本当に母の思いを理解することができたと。
同時に、やはり震災を経験したか経験していないかで、越えられない違いがあるように思う、とも…

私は本当に温かくない人間なのでーー、母から戦争の話を聞かされるたびに(子供の頃はそれこそ、耳にたこができる程聞かされましたから)、あーまたその話かー、なんて思ったりしたものです。
ですから友人の、お母さんに対する優しい思いに感動しましたが、同時に、どんなにしたって、私は「経験していない者」でしかないのだという思いに、胸が塞がったのを覚えています。

とは言え、すべての人が、すべての経験を共有することは不可能です。
ならば、経験していない者にできることは、何でしょうか。
それは、決して忘れてはいけない、ということ。そして、祈り続けること。それしかないと思いながら過ごした、今日でした。

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2005.01.16

バッテリー上がり

いま、うちで乗っている車はプリメーラの中古車なのですが。中古でうちに来たのが2001年の8月。
ちょうどその頃、トップ就任前のタータンの外部主演「天翔ける風に」が終わったところで、タータンの英に激はまっていた私は、その役名つながりで車のナンバーを選び、お店の人には「何でこの数字?」といぶかしがられ、訳を知った夫には激怒つうか激呆れされましたっけ^^;

プリメーラになってから、2回目のバッテリー上がりでした。
1回目は買ってすぐ。エンジンがかからないのはてっきり車の初期不良と思い込み、すぐお店に電話して来て貰ったのです。そしたら…トランクの蓋が開いてて中のライトが点いてた。シートベルトでトランクオープナーを引っ掛けていたのに気付かなかったらしい。
お店の人はどうせそんなことだろうと思ってたんでしょうね、きっちりお店で余ってたバッテリー持参で来てくれて、サービスで付け替えてくれたのです(ヤッタ) 但し、ちょっとこの車には小さいんですけどねと言い置いて。

そして先週。夜、夫を迎えに行こうとしたら、助手席のライトが点いてる…イヤーな予感。その前夜、夫が点けっ放しにしてたのを私が気付かなかったんですね。案の定もうエンジンかかりません。それが水曜日。
でも、木も金も仕事だし…夫には自力で帰ってきて貰うことにして、土曜を待ちました。が、あんな天気。
で、今日もこんな天気。でもまた一週間ほっとくわけにもいかないので、雨の中申し訳ないな~と思いつつJAFを呼びました。20年以上会費を払い続けてほとんど利用してないんだもんいいよね、てことで。

エンジンがかかるようにして貰ったあと、その足でバッテリー交換に行くつもりでしたが、JAFの人が持ってるというので、ついでに交換までお願いしちゃいました。
はい。高かったです。ほんとだったら、バッテリー上がったら自転車で近くのホームセンターに行って買ってきて、自分で付け替えりゃ済むことです。
しかぁし。ウチでは免許を持っているのは私だけ。夫は免許ないんです。だから、車関係のことはぜんぶ私がやらなきゃいけません。もちろんそれは言い訳で、バッテリー替えるくらい女の人にもできるでしょう。事実、買ってすぐお店の人に替えて貰った時、「私でもできますかね?」って訊いたんです。そしたら「大丈夫ですよ。逆にさえつけなきゃね」と…^^; 私の場合、そーゆーことが一番アブナイので、やっぱり止めとこうと思った次第。

車が好きな女の人もたくさんいるだろうからほんとに言い訳ですが、夫が免許ないってのは実際不便です。
「車洗ってきて~」も言えないし、駅までの送り迎えなんて夢のまた夢だし。
メンテ面もさっぱり分からないので何となく不安。スキーに家族で行ってた頃、チェーンを巻くのはもちろん手伝ってくれるけど、他の家族が、旦那さん一人で奮闘して奥さん子供は車の中でぬくぬく…してるのは別世界でした。
もちろん、家族旅行でも全行程私が運転するしかない訳だし。スキー帰りに熱を出しちゃった時は、ほんと情けなかったーー 夫にしても、何とかしてくれようと思ってもどうにもできないんですしね。

そもそも、大学4年で免許を取ったのは、夫の勧めでした。「絶対役に立つから」って。彼はもう社会人になってましたが、時機を逸して取り損ねてたんですね。で、結婚したらもう奥さんは免許あるし~何て便利(笑) してやられました^^;;;
それでも、車を運転できて得たものは大きいので、良かったとは思ってるんですが。旦那さん任せでペーパードライバーな奥さんもいるけど、勿体ないわ。自分でどこでも行ける、というのは強みです。世界が広がる。
今まで最長距離は、実家まで帰った時でしょうか。東名~名神。別に、距離と時間が長くなるだけでどってことないんだわ、という感想でした。

ここへきて、今さら夫も免許取るつもりはないでしょうが、困るのは写真付きの身分証明書を求められた時ですね。いつもパスポートがあれば良いけど、それも大層だし。原付免許取ろうかな、と言ってます。駅まで原付で行ってくれたら楽になるわ~私^^ でもそしたら、もう車動かす機会がほぼ皆無になりそうな日常生活なので…
いずれ息子も娘も運転するようになるでしょう。そしたらまた、心配の種が増える訳ですな…

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2005.01.15

浅田次郎「蒼穹の昴」読了

文庫で全4冊。大切に丁寧に読み進めて、先日読了。幸せな日々でした。以下ネタバレありです。ご注意を。

清朝末期、西太后の時代のお話です。
主人公が2人の青年、というか最初はまだ少年だし、壮大な舞台装置に、これって映画にしたらすごいスケールになるな~、何かハリー・ポッターみたい…と思いながら読み始めたら、なんと龍玉(ロンユイ)の話まで出てきた。
龍玉というのは天下をしろしめす者のみ印、だそうなんですが、ドラゴンボールというのはここから来てたんですか!と、そっち方面まで連想しつつ^^;

確かに、スケールの大きさで最後まで引っ張っていかれました。
最初は中国の地名や人名が原語読みの振り仮名なのに付いていけるか心配でしたが、大体改頁ごとに丁寧にルビが振ってあったので、今ではすっかり原語読みの方が馴染んでしまいました^^ 例えば、
西太后は「せいたいごう」ではなく「シータイホウ」
袁世凱は「えんせいがい」ではなく「ユアンシーカイ」
李鴻章は「りこうしょう」ではなく「リイホンチャン」
とかね。

しかし、私にとってこの物語の一番の魅力は、スケールでも歴史小説の面白さでもありませんでした。
星占いの老婆による、天からのお告げで始まるこの物語。
そのお告げ通りに少年から青年への日々を歩む主人公たち。
でも、この本のテーマは「運命は自分の力で切り開くもの」ということだったんですね。
糞拾いの貧しい少年だった李春雲(リイチュンユン、幼名春児〔チュンル〕)が、老婆のお告げを信じて自ら浄身して宦官(ホアンクワン)となり、そのお告げ通りに西太后のお側近くに仕えるようになり…
もう一人の主人公、春児の幼なじみでもある状元の才子(科挙で一番の成績を取った進士)梁文秀(リアンウエンシウ)はある時、春児へのお告げだけは嘘だったと老婆から聞かされ、愕然とします。
しかし後年、変法運動に敗れた文秀を助けた春雲は、お告げが嘘であることは最初から分かっていたと、文秀に言うのです。
このくだりを読んでいたのはちょうど、帰宅途中のバスの中で…もう涙涙になりそうで、たいへんでした。

浅田次郎の本の、こういうところが私は好きです。
まさに、「勇気凛凛ルリの色」(感想はこちら)の中の一節、
「少くとも読者を勇気づけることは、いやしくも言葉で飯を食う者の使命であろう」
これを実践されているのだなぁと…

情けないことに中国史も何もかも忘却の彼方なので、急いでネットで俄か勉強してみました(ほんっとうに便利。もう百科事典の出番はないですね)
梁文秀のモデルは想像つきましたが、李春雲は創作でしょうかね?願わくば、もちょっとエピソード的な「その後」も知りたかったですけど、ま、時代は変わって行ったから…
中国3部作?の続き「珍妃の井戸」「中原の虹」も、読むのが楽しみです。

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2005.01.12

今週のAERAから―新しい幸せのかたち

今年もまた、毎週AERAを買う生活です。一週間で半分くらいしか読みきれなくて勿体ないことも多いけれど、次のが出たら買ってしまうので私は新しいのを持ち歩き、一週遅れのAERAは夫の鞄の中に^^;

さて、今週の巻頭記事は、「―将来よりもいまを味わう―新しい幸せのかたち」
「幸せになる秘訣」「幸福な時間」…
う~ん。あんまり考えたことないなぁ。きっと十分幸せに暮らしているからだろうなぁ…とそのことには感謝しつつ、「幸せ」だと意識したらきっともっと幸せになれるんだろう?と思いましたが…
アエラサポーターからのアンケート結果にならうなら、例えば私の場合だったら、「仕事帰りの通勤電車で座り、揺れに身を任せて眠る時」に幸せを感じたり、てことになるのか^^;

それはともかく、印象に残ったのは吉本隆明さんの言葉でした。曰く「(前略)幸福というのは、(中略)どこか現在自分が生きていることをうしろから見ている視線のなかに、ふくまれるような気がするんです」
抽象的でいて、何だかよく判る気がしました。少し離れたところから、客観的に自分を見るというか。「幸せ」だと意識するのも同じようなことかも。

さー今週はどこまで読めるかな。仕事を始めてから、新聞をほとんど読めないという非常に勿体ない状況に陥っているので、AERAは貴重な情報源でもあるのです。
仕事が来なくて暇だった時は、新聞のみならず身の回りのありとあらゆる活字を読み尽くし、とうとうクロスワードパズルにまで手を出してしまって、これはやばい、と思ったものでしたが…

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2005.01.10

大人の遠足1―行田散歩

2005.1.10. honn夫も最近やっと土日が休めるようになってきましたが、スポーツクラブはあんまり勿体ないので去年の秋で辞めてしまった…、ならばせめてウォーキング、それも近所だけじゃなく、たまにはお出掛けウォーキングしよう、ということで、大人の遠足を企画しました(笑)。子供たちが小さい頃はよく出掛けましたが、いつも車だったので、電車というのは本当に久しぶりです。そういうガイドブック、買いに行ったら山ほどありました。ネタ本はこれです。選ぶ基準は地図の見易さ^^;この本は、アクセスの起点が大宮駅になっているところも便利。2005.1.10. eki2005.1.10. siro2005.1.10. zeri
今日は、熊谷から秩父鉄道で羽生方面に2駅目の行田市(ぎょうだし)駅がウォーキングの起点です。
忍(おし)城址に再建された櫓を見ながら進むと公園があり、「ゼリーフライ」の店が。そう、行田を選んだ理由の一つは、以前から謎だった「ゼリーフライ」と「フライ」を食してみることでした。やっぱり食べ物の楽しみがなくっちゃ^^;
ゼリーフライは、衣の付いてないコロッケとのことでしたが、ポテトコロッケの中身肉抜き野菜入りって感じ?ソース味です。
2005.1.10. furai2005.1.10. sakitamaそこからひたすら40分ほど歩いて、「さきたま風土記の丘」に到着。「埼玉(さきたま)」という地名発祥の碑が建っていました。…が、いい加減歩き疲れてお腹も空いて、お昼は当然「フライ」屋さんへ。お好み焼きの具が皮に少なめに入っていて折りたたんである?これもソース味。どちらも行田名物だそうですが、ま、冷静に考えてみたら大した味ではない…^^;;;結構なボリュームで、私はこれに焼きそばが挟んであるフライ焼きそば、夫はフライ&タンメン、と食べたら、今までのウォーキングの消費カロリーを上回ったに違いない満腹感でしたーー2005.1.10. haniwa2005.1.10. syogun
ここはさきたま古墳公園になっていて、6世紀頃に作られた大小の古墳が復原されています。埋葬されているのはこの土地の豪族でしょう。この写真は将軍山古墳。左の写真は、クリックして頂くと分かりますが、本来こんな風に円筒埴輪が置かれていたんだよ、と分かるようにレプリカが配置されています。右が全体の遠景です。2005.1.10. ennbo2005.1.10. kaidann
こちらは、日本で最大の円墳と言われている丸墓山(まるはかやま)古墳。上に登れるようになっていました…結構きつかったです^^;
関西ではおなじみの石舞台や高松塚古墳よりは、1世紀ほど古いもののようです。仁徳陵とほぼ同時代ですが、規模は全然違って可愛いものです。

資料館で出土品なども見て…結構疲れ果て、ここからは循環バスで行田市駅に戻りました。全部で6キロほど歩いたでしょうか。ちょうどいい加減の脚の疲れ具合です。
出費は、交通費が(バス190円+JR570円+秩父鉄道300円)×2の往復2120円。循環バス100円。ゼリーフライ60円。昼食1人750円。資料館50円。しめて1人3000円ちょっとですね。家族で行ったら大変だけど、2人だったら許容範囲かな。朝は9時半頃家を出て、帰りは買い物して5時には帰宅。これ位が、明日仕事に行くにはちょうど良いかも知れません。

今後も、毎週はとても無理ですが、月1位で企画してみようと思います。さて、今年はシリーズNo.いくつまで行くでしょうか^^

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やっと…年賀状(こうさぎ)

きょうakoは感想へ記録するつもりだった?
きょうは、外へ4したの?
きょうakoは、絶好へ平行したいなぁ。
kinmokuseiは、

今日も朝からいいお天気。
風もなく、絶好の窓拭き日和。
でしたが、外に背を向けて、今

といってました。

*このエントリは、こうさぎの「ako」が書きました。

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2005.01.09

花粉症襲来

去年のblogを見ると(いや~便利ですねぇ)、2月23日に発症してるようですが、今年はやはり早い!
何だかおかしいな~とは思ってましたが、早くも本格襲来です。
今日は良いお天気でしたが一日家に。その代わり洗濯物はてんこもり。その洗濯物を取り入れてたたむ…頃から、くしゃみ鼻水止まりません>_< いい感じに風も吹いてたから、花粉がたっぷり付いていたのね。

去年の何十倍とか史上最大とか言われてましたっけ>今年の花粉。
もし明日から洗濯物を部屋干しにすると…ゴールデンウィークまで約4ヵ月、一年の3分の1は外に干せないことになる!そんなのはやだ(泣)
早く漢方を手に入れてこなくては。去年は劇的に効いたんで、期待してるのです。
明日は初めての「大人の遠足」(笑)を企画しているのですが、マスク必携かな。やれやれです。

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2005.01.06

仕事…始まってます

昨日から出勤しておりますが、新年明けたらいきなり…忙しい>_<
いま平行して3冊の本に関わっております。全体を回すのは私じゃないんだけれども、その内2冊は、編集作業は全部私がやっている…状態でありまして。
入れ替わり立ち代わり、各本の色んな段階の仕事が降ってきて、大分積もってます。
責任はないとは言え、出版のお尻が決まっているものについては、どうしたって間に合わせないといけない訳です。
以前行っていた会社では、ぜんっぜん時間が足りなくて、出張校正に行っている上司の元へ、FAXでどんどん直しを送るなんてギリギリ滅茶苦茶なことをやり、結果としてかなり不満足な仕上がりになったことがありました…
今はそういう訳にはいかないので、時間がなくても内容はちゃんと見ないと…と思うと、集中して能率上げるか、時間を作る=残業する、しかありません。
「色々重なるけどよろしくね」という上司の言葉に無言の重圧を感じながらも、「はい~」と愛想良く返事する私^^;
まぁそれでも、派遣でも終電になる会社もあるというこの業界、7時や8時まで残っているととんでもなく恐縮される今の会社は恵まれていると思います。今のところ、時給が割り増しにならない8時間労働までで、自主的に抑えています。(だって会社の側でも、予算とかあるでしょうし…)

好きな仕事なので、それでも機嫌よくやっている訳ですが、何だか目がへん…ーー。滅多にさそうと思わない目薬を探している自分がいる。これってタグ打ちの後遺症?とか思いましたが、ももももしかして、か、花粉症でしょうか>_<
そういえば、今日会社まで地下鉄一駅20分ほど歩いて行ったら、着いてからくしゃみが出てねぇ。去年から飛んでるらしいですから、そろそろ来たかな…?

とか何とか、こーゆーことしてないで、明日も残業予定なので、トンカツの衣を付けておこうと思ったのだが…わ~んこんな時間…今から…(泣)
それでもね、書いた方がストレス発散できる人なんですもの。でも寝とかなきゃね~

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2005.01.01

明けましておめでとうございます

fuji11hikawa昨日とは打って変わっての晴天、爽やかな2005年の幕明けとなりました。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

雪も順調に溶けてきた様子だったので、午後から恒例の地元氷川神社への初詣。
息子は元旦からバイト。今日はいつものカラオケ店ではなく、登録バイトで商店街で甘酒を作って振舞う…ですって。まあ頑張ってお働きなさい。
娘は友達と初詣後映画。
という訳で、今年からは初詣も夫と2人です。今までは息子はともかく娘は一緒だったんですが。

午後から出かけたせいか人出がすごくて、かなり待たされました。&足元がぐっちょぐちょのぬかるみ状態(>_<)新年早々こけなくて良かった。
露店で少々食べて、朝も遅めのお雑煮&おせち(生協パルシステムのを並べただけ…)だったので私はそれでお腹一杯でしたが、夫はやはり物足りなくて、駅近くでラーメン屋へ。帰宅して、神社近くで買った酒饅頭(これも恒例)を食べたらもう、晩御飯はとても…状態になって、今これを書いています。

さあ今年はどんな年になりますことやら。
とりあえず、一家を代表して?夫が引いたおみくじは「大吉」でした^^

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