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2004.09.24

過去へのタイムスリップ

この前の日曜日、高校の同窓会ついでに帰省してきました。実家は16年前に引っ越していて、引っ越す前の元の実家があった街にはそれっきり行ったことがなかったのですが、久しぶりに墓参り(何て何て先祖不孝なヤツ(--;)ということで、16年ぶりの故郷訪問?と相成りました。

16年前には私はもう立派な大人だったし、それまで毎年帰省していたのに、人間の記憶ってそこを飛び越して小さい頃まで抜けてるものなんでしょうか。駅からの道、こんなに道が狭かったっけ、と、記憶よりミニサイズの街に紛れ込んだような、不思議な感覚でした。駅から実家のあった場所まで、徒歩10分位の道のりの記憶すら怪しくなっていて、母と一緒でなかったら絶対行き着けなかったと思う(単なる方向音痴?)
実家の跡がどうなっているかも話には聞いていましたが、この目で確かめました。元々あまり物事に執着ない方なんで、「ほぉ~」で済んでしまいましたが、ホントにもう、記憶の中と写真と、今の実家に持ってきた庭石とか燈篭とか、そんなとこにしか存在してないんだと実感。
突然話がずれますが、実家の引越しのとき、子供がまだ小さくて自分の荷物の整理に帰れなかったので、そしてその頃は未練なかったので、昔通っていた宝塚の、プログラムや雑誌や、サイン帳!(←当時の大概のスターさんから貰っていた。良い時代でした)や、私の名前とサイン入りのブロマイド!(お願いします、ってご贔屓にサインして貰った。道で(^^; 良い時代でした)や、一切合財捨ててしまったのが、今となっては痛恨の極み(笑)

話を戻して、実家跡から歩くことさらに10分ほどで、墓に到着。大体が今の関東平野での生活では、坂道を歩くってことがほとんどありませんが、故郷は大阪と奈良の境、生駒山地のふもと。駅からすでに坂道、墓は山なのでひたすら斜めの道を、歩く歩く歩く…暑かった…
田舎の古くからの墓なので、整然と区画されてる訳でなく、墓石に「○○家の墓」と書いてある訳でもないので、自分ちの墓が見分けられなかったらこれから困るだろう、というのが久々に墓に行った理由です(やっぱり先祖不孝)。が、またすぐ忘れるに違いないので、とりあえず携帯に写真を収めて一安心。

そのあとさらに少し山まで分け入ってから駅に戻りました。もう、絞れるくらい汗かいた。しかし、久しぶりに訪れてみると、少し離れた立場で見られるせいか、故郷の街もなかなか良いところではないか、と少し思いました。特に山。どこに旅行に行かずとも、こんなところにこんな手付かずの自然があったじゃないか、と。墓だって建て込んでるけど、見晴らしだけは良いし。今度はもちょっと気候の良い時に、それなりの格好をして来て、山でウォーキングしたいと思いました。最近はハイキングコースも整備されているようですし。

でも、この街は母にとっては良い思い出のないところです。外から嫁に来て、旧家のしがらみと、後半は老人介護に明け暮れた日々。引っ越してほんっとうに良かった、あんたもこの街嫌いやろ、と母に言われると、少し複雑です。今にして思えば、母が嫌いなものを好きになってはいけない、という気持ちが、小さい頃から無意識の内に刷り込まれていたのでしょう。だから私もこの街が嫌い。でも、自分の故郷を嫌いでいなければいけないって、実は不幸なことだと思うのです。本当は好きになれたかもしれないのに。自分から遠ざけていたと。

そして、この街の中学に行きたくない一心で、中学・高校は奈良まで通いました。その同窓会にその日の夕方から出席。
こちらは、良くも悪くも、私は昔のままで成長してないな~と、反省させられた場ともなりました。引っ込み思案、大人しい、ゆえと思っていた自分の性格は、実は自己中で他人に関心が薄い、優しくないだけのことだったのではと思ったり。皆いい大人になっていたな~。次会同窓会までには少し成長して、リベンジを図りたいと早くも思っているところです(気早)

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