« 2004年5月 | トップページ | 2004年7月 »

2004.06.27

お仕事も無事更新

うわ~、ココゴグの方も、気づいたら10日間も更新できてませんでした(>_<) 今日も、ジャザサイズさぼったのでやっとゆっくり時間が取れた次第。土曜日、朝から出かけてしまったので、一週間で一日はぐだ~と過ごす日も取らないと明日から乗り切れないぞ、と思ってしまって。何となくだるいし。(←ま、これは言い訳で、実際、ジャザサイズに行ってしまったり、仕事に行ってしまったら忘れてしまう程度のだるさです)
平日、平均約12時間家を空けていると、やっぱり時間的にはぎりぎりの生活になりますねぇ。いくら家事に手が掛からなくなっているとはいえ。
さて、今の仕事は今月末で更新時期だったのですが、無事に3ヶ月更新が決まりました。これで9月まではこのままの生活が続きます。今の職場も1年を超えることに。初めてですね、派遣の仕事としては。その後どうなるかはまた分かりませんが、たとえ途切れることになっても、1年超の経験が実績になってくれると良いなと思います。

今年も間もなく半分が過ぎようとしていて、私の今年前半の収入も確定しました。扶養から抜けたということで、どんな変化があったか?少し計算してみました。そうしたら…
配偶者控除がなくなったことで、夫の税金が増えています。具体的な数字はつかめていない。というのも、夫の会社は経費節減で?給与明細の配布がなくなってしまったので。必要ならPCからプリントアウトすれば良い、らしいですが。でも概算の推定では、夫の手取りが減った分=私の収入からの生活費への持ち出し増加、でとんとん、て感じでしょうか。
あとは、扶養から抜けたので、私自身の健康保険(>介護保険)、雇用保険、厚生年金保険、が発生しています。そして所得税に住民税。以上がなかなか、ばかにならない金額です。そして、これは扶養云々とは関係ないですが、派遣なので交通費が自己負担です。今の職場は遠いので、これまたかなりな負担。
私の収入からこれらの経費を差し引いて、さらに生活費に持ち出しが増えた分を引くと、残ったお金は…、そう、配偶者控除内で働いていた時の金額と、大して変わらないという事実を発見しました!それも、年末まで途切れず仕事があればの話です。どうりで手元にお金が残ってこない訳だわ…(--) 自分も遣っているから、なんですけどねもちろん。

つくづく、今の社会の制度は、専業主婦orそこそこ働く(配偶者控除内で)主婦のいる家庭、に「お得」な仕組みになっているのだなぁと痛感します。むろん、人生損得だけで図れるものではありませんが。
私の場合、仕事さえ途切れなければ、扶養を外れたらかえって損、というラインは超えることができますが、所詮は派遣の身、たとえどんなに頑張っても稼げる金額には限りがあります。とはいえ、一度外れた扶養にまた戻る、のは手続きが面倒なようですね。夫からも「二度と戻ってくるなよ」と言われている以上、このまま走り続けるしかない状況で(^^; 国民年金&国民健康保険の身の上になったら、もっと実のない支出が増えそうですから(年金は増えない、国保料は多分、私の居住地は高い)、せっせと実績をつくるべく日々精進するしかありません?!

…と、少~し日常に疲れ気味な身に読むと、とっても感動できた本がありました。篠田節子の「インコは戻ってきたか」。次はこの感想を書きたいと思います。

| | コメント (0)

2004.06.17

発熱とクラッシュ

タイトルの2つは何の関係もないのですが(^^;

娘が熱を出しました。朝7度少しだったので、ともかく学校は休ませて私は会社に行ったのですが、昼休みに電話したら「9度2分ある」というので、早退して帰りました(-.-)
今日は木曜日。世の中の医院は大抵休みなんですよね。小さい頃から掛かりつけの小児科内科もしかり。しかし娘の熱は9度5分まで上がるし、放っとく訳にも…と思い、近くに最近出来た(と言ってももう数年経ってますが)ところに行ってみることにしました。こわごわ、です。ホント、初めて行く病院って、評判が分からないと不安だから…
そこは、人工透析の専門病院で、内科の外来もやってますよ、というところなせいか、ガラガラに空いてる、というか誰もいなかった(--) ますます募る不安。でも、先生は感じよく、説明も丁寧でした。内容も、頓服はできるだけ飲ませないように、熱は出してしまった方が良い、というお話は私の好みにぴったりで(^^; 娘にしてみたらいつものお疲れ熱、つまり扁桃腺炎だったようです。
しかしいきなり、「点滴しようか!」と言われ、初めての経験に一瞬びびったのを見抜かれ(笑)、「じゃ、やめようか」と経口薬になりました。今日びの内科は聴診器使わないんですね。喉を診るのも、例のベロ押さえなしの、ライトだけ。
小児科でないせいか、出たお薬も初めてのものばかり。調子に乗って検索して調べてみたり。
・ケテック…昨年末に出たばっかりの、新薬なんですねぇ。ふぅ~ん。
大きい!喉が超痛かったら飲めないかも(;_;) 1日1回2錠ずつ5日、という処方もややこしい。でも効けばいいんです、効けば。
・ダーゼン…違う医院で、夫も貰ってました。ポピュラーなお薬なんでしょうね。
・ロキソニン…今まで、頓服といえばピリナジンでしたが。
使う目安は40度、と言われました(@@) ちなみに、発熱だけで脳に障害が及ぶ境界は41度なんだそうです(←検索結果)
夜には8度台に下がり、いつも見ている親の診立てとしては?そんなにひどくはならないような気が。
以前、喉がまっしろ、になった時は、40.5度が3日近く続きました。頓服飲ませてやっと8度台に下がる、みたいな。
赤ちゃんの頃は毎週、小学校に入った頃も毎月、熱を出していた子ですが、最近丈夫になったとはいえ、年に2回くらいは扁桃腺腫らしてますね。疲れと寝不足が主原因でしょう。分かりやすい子だ…

クラッシュというのは、DVDレコーダーのハードディスクです(>_<) こういうことがあるから怖いですよね。夫が思ったほどダメージ受けてないのは、今年に入って2台目を買ったので、被害はWOWOWを録れないだけということと、まめにDVD-Rに落としているから、実害はあまりなかったかららしい。ホントにマメだわ、忙しいのに(-.-)
使用頻度を考えたら仕方ないかも、なんて言ってましたが、そんな、1年弱ごとにクラッシュされたらやってられないですよね(--) 土曜日は車出しして、持ち込み修理かなぁ…

| | コメント (2)

2004.06.13

花組青年館公演「NAKED CITY」

彩吹真央の単独初主演、作・演出は小柳奈穂子先生。
いや~良かった、すごく良かった。若手のバウ作品で、こんなに感動し、かつ楽しませて貰えたのは久しぶりです。

ゆみこちゃん(彩吹)は、雪組時代からずっと観てきたので、大きくなったな~立派になったな~という感慨がまず第一に。そして、歌もダンスも素晴らしい実力。言うことない!堪能させてもらいました(^^)
相手役のあすかちゃん(遠野あすか)。「シンデレラ」での愛らしい娘役が記憶に新しく、あの時も「真ん中」にまだ慣れないまとぶん(真飛聖)をしっかり支えてくれる頼もしい相手役さんでしたが、今回はまた色の違う大人の女性の役。低めの台詞の声が良く似合って、かつ、まるで少女漫画から抜け出てきたような綺麗さで、申し分なし。

ゆみこちゃんを支える二番手、三番手はみわっち(愛音羽麗)にまっつ(未涼亜希)。まっつのキャラクターもとっても魅力的でしたが、今回はみわっちの新たな魅力についくらくらと(^^;きてしまいました。
今までの彼女の印象は、甘いマスクの二枚目さんで、ちょっと可愛らしすぎるかしら、なんて思ったりしていたのですが、どうして今回は、ダークな色の役で、濃~い男役をしっかり演じていて、急に大人の男の雰囲気が。フィナーレナンバーでは、そのままの雰囲気で目線を飛ばしまくっているのにまたくらくら(^^;;;
「黒」の印象の人が「白」を演じるのも興味深いけれど(それは「シンデレラ」の真飛(^^;)、「白」だと思っていた人が「黒」でまた違う魅力を見せてくれるのは新鮮ですねぇ。また花組を観る楽しみが増えました。

それにしても。半分の人数になってこれだけの層の厚さ。花組の未来は明るい、ですね。
やはり、舞台は歌えて踊れてなんぼやろう、と実感したのですが、それでもプラス作品の力というのは大きいです。小柳作品といえば、昨年の「アメリカン・パイ」はちょっと。。。と思いましたが、今回は下級生に至るまで魅力的な役がつき、ショーアップされた場面も楽しめ、装置も振り付けもお洒落で、とても素敵でした。
何より、登場人物一人一人が背負っているドラマが切なくて、不覚にもラストの父子対決?では涙が。一樹千尋さん、さすがです。もう、昨年の「アイーダ」違う、「王家に捧ぐ歌」以来ファンで(^^)

感想を書きそびれましたが、花組の全国ツアー「ジャワの踊り子」。こちらは、いくら歌えて踊れても。。。の世界で、初演が昭和20年代では、古色蒼然としているのも無理はないです。特に音楽がぁ…(;_;)
古き良き時代、とはいえ、「冬のソナタ」をけなしつつ見ている私には(それでも見てるんだけどね(^^;)、どうしても感動は得られなかったのでした。

終演後、ロビーで次回青年館公演「花のいそぎ」のポスターを見ました。主演2人(真飛、琴まりえ)、美しいわ(^^)
楽しみなんですが、今回の花組公演よりさらに若手だし、層もそんなに厚くない…?かと心配している私は、すっかり親心ですね…(^^;

| | コメント (2)

2004.06.11

働くということ

昨日の続きです。なぜ、働くのか。「生きていくため、生活していくため」確かにそうなのですが、それだけでは説明できないものがありますよね。
例えば、ミリオンセラーを出した歌手。大ベストセラーを出した作家。etc.一生暮らしていくのに充分な財を成したとしても、彼らは歌い続ける。書き続ける。なぜ?ってことです。
私は、それは人間として生きていく上での、人それぞれの自己表現なのではと思うようになりました。
お金さえあれば、遊んで暮らせる…というものではないと思うのです。人間って生き物は。
それだから、逆にいえば、「働いて、お金を得る」という図式に当てはまらなくても、その人なりの自己表現ができていれば、充実した人生と言えるのではないかとも思います。
専業主婦だろうと、それこそ専業「主夫」だろうと、アルバイトとボランティア、アルバイトと放浪の旅、アルバイトと冒険、の人生だろうと…
私の祖父は、生涯趣味に生きた人でした。仕事らしい仕事もせず、でも家に窯を持ち、本当に亡くなる少し前まで、ろくろを回して茶碗をつくり、それを収める桐箱を作っていた姿が記憶に残っています。それはそれで、大いに意味のある人生だったのだろうと。
去年の今ごろ、派遣の仕事がなかなか来ませんでした。仕事を待つ間、いつ来るかも知れないと思うと、何も予定を入れられない日々。月曜日、また何も予定のないまっ白な一週間が始まる。というのは、拷問に近いような状態でした。それこそ、毎日鬱鬱として、落ち込んで、ストレスの塊?でした。
人は、何もしないでは生きて行けないのです。生涯働き続けられる訳ではない。やがて職場を去る日がきても、その後の人生も、自己表現の場を探して生きていかなくてはなりません。
それまでの間は…、そう、生活のために働く、そのことが自己表現に結びつくような、そんな仕事なり場なりに恵まれるために、学生時代の研鑚があるのだと。わーなんてかっこいい動機づけ(^^;
子供たちにも、そういった意味で「充実した」人生を歩んでほしいと思うし、私自身も。
こんなこと、うだうだ考えてる暇があるのがそもそも結構なご身分だ、と夫(まだ仕事中よね、当然(--))には言われそうですが…

| | コメント (2)

2004.06.10

「子供を就職させる本」

副題が―親が読む子供のための就職ガイダンス―。新聞や雑誌で、この本の著者、小島貴子さん(埼玉県職業能力開発センター主任職業訓練指導員)が取り上げられて、何かと話題になってましたから、こういう本が出てるんだ、ということは知ってました。「とうとうこんなことにまで親がしゃしゃり出る時代になったのねぇ」と、横目で見ていたのですよ。それが、本屋で平積みになっているこの本を前にして…気づいたら買っていた(^^; 字が大きくて、1時間で読めた。何てラク(って、そんなことは関係ない)

我が家の子供たち、上は大学3年男子。もうすぐ就活スタート。なので、さっぱり訳わからん親としては、昨今の就職事情を知っておくのも良いかと思ったのもあります。多分就職するでしょうが、こないだ、じっつに軽く「オレ、留学するから」なんて抜かしたりしてたので、油断はできません。その前に、問題は卒業できるかですが(--;

下は高校2年女子。実は、こちらの方が問題だと思って買ったのです。将来のビジョンというものが見えてない。とりあえず興味があるのは、ファッションとメークとダイエット。そしてパソコン。今もバイトをしているので、お金を稼ぐのは簡単なことだという思いも持っていると思う。そんな彼女に、「なぜ就職しないといけないのか」「なぜフリーターじゃいけないのか」を納得させるのは至難の技です。そもそも、最も身近にいる女性である母親、つまり私の生き方が、その問に答えられるものじゃないのが問題なのですが(--; 「いーじゃん、お母さんみたいになれば」と思っているようなのですね(--)
確かに女性の場合、「働く」ことに結婚やら出産やらが絡んでくると、一筋縄では行かないのは今も変わらないと思いますが、私のように、就職の経験がないと、あとで取り返そうと思ったときに大変な目に合う、ということは分かってほしいのです。
「なぜ働かなければらないか」という問いに対して、この本は明解に、「生きるためにはお金がいる。そのためには仕事をして自分でお金を稼がなければいけない。だから、働かないという選択はない」と答えています。
私が学生の頃に、こんな風に答えてくれる大人がそばにいたら。こんな風に、ふわふわと流されて生きてくる人生ではなかったかも知れない。(結果として、今を否定している訳ではありません。私には、この人生、だったのですから)
娘が、結果としてどんな人生を歩むかは別として、親として、家庭環境として、こういう考え方はきっちりと伝えておかなければ、と思うのです。

でも、この答えは、「じゃあお金に困っていなかったら?」という問いには答えられません。「働く」ということの、もっと根源的な意味は何でしょうか。それは、どんどんこの本のテーマからずれてしまうので、また改めて書くことにして。

| | コメント (6)

2004.06.08

宮部みゆき「ぼんくら」

講談社文庫の新刊で出てすぐ、上野駅構内の書店で購入したのですが、文庫新刊の棚の一角が、壁一面、平台一面「ぼんくら」で埋め尽くされていました(驚) 人気あるんですねぇ~
上巻の途中までは、いつもの江戸物の魅力にあふれてはいるけれど、人物や情景の描写から、まるでそのままNHKの時代劇になりそうなところが、ちょっとだけ鼻につく感じもしたのですが、「おでこ」や「弓之助」の登場辺りから、がぜん面白くなってきました。こういう少年キャラは、宮部ワールド独特の魅力ですね。

いつもながら、江戸の町の描写を今の東京に置き換えて想像しつつ読みましたが、宮部みゆきの本で、「平成お徒歩日記」という“歩け!ミヤベ式・お江戸の旅ガイド”(←新潮文庫の帯より)が出ています。ウォーキングに俄然興味が湧いてきた私としては、いつか暇ができたら(というか、派遣の契約が切れて間が空いたときに)、ぜひこの本のルートを歩いてみたい、という気になっています。とりあえず、皇居一周なんてどうでしょうねぇ。これだったら、方向音痴の私でも道に迷うことはあるまい…??? 気候の良い時に、暇ができると良いのですが。

このあとは、浅田次郎も篠田節子も夏樹静子も乃南アサも、文庫で買い込みましたので、積んであるだけで嬉しい(^^) でも、とりあえず今日からは、夫から回ってきた、幸田真音の「eの悲劇」を読んでいます。夫はどうもこういう系統の(経済小説というか企業小説というか)小説が好きらしくて、なかなか私と合わないのですが、幸田真音はかろうじて、ぎりぎり私にも許容範囲かな、という感じです。

| | コメント (0)

2004.06.04

遠近両用眼鏡

4年前に作った眼鏡(これは普通の近視用)が合わなくなってきました。遠くが見えない。細かい仕事ばっかりしていて、近くばかり見ていると、この年になっても近視が進むそうですね。近くも見えない(;_;)これは老眼。というか、近視なので、手元を見るには眼鏡の近視の度を落とす必要があるということです。
という訳で、本当は昨年末に「近近眼鏡」を作ったところなのですが(仕事専用ね)、とうとう遠近両用眼鏡を作る羽目になってしまいました。ちょうど、ワンデーの使い捨てコンタクトも底をついたところだったのです。今までは、観劇時にコンタクトを使用していたのですが、コンタクトだともう、手元を見るのが異常に辛くて、これを機会に、コンタクトとはお別れしよう、ととうとう決心したのでした。

できあがってきた遠近両用眼鏡。慣れるのに1~2週間かかるとのことでしたが、1週間弱経ちました。うーん。確かに、遠くも近くも見える。しかし裏返せば、遠くも近くもちゃんとは見えないのですね。慣れてないせいもあるかも知れないけど。
いわゆる「境目のない」レンズなので、上から下まで、徐々に焦点がずれている訳です。遠くを見る時はレンズの上方で、近くはレンズの下方で見る。というと簡単そうですが。特に問題なのは、遠くを見る時。確かに上方はきれいに遠くまで見えるのですが(今回1.2だから。ソフトコンタクトと違って乱視も完璧に矯正されていて、そりゃ気持ち良いです)、常に、視界の下半分はぼやけてる訳ですよ。例えば、階段の上から、あるいは2階から下を見下ろすようなシチュエーションだと、見にくいことこの上ない(;_;)
そして、遠近両用は階段を降りる時危ないとよく言われますが、それは、ぼやけて見えないからだけじゃないのです。ゆがんで見えるんですね。だから余計に遠近感がつかみにくい。初めてこれをかけてお風呂掃除をしたときは、タイルの目地がゆがんでしまって、キモチワルクなりそうでした(--)

近くを見る時も、きれいに焦点が合っているのは「目の前」だけで、レンズの左右、たとえば横目で見るとやはりゆがむので、意外に良好な視界は狭いです。だから、仕事用にはやはり「近近眼鏡」でないと不便です。(「近近」というのは、近く専用でも微妙に焦点をずらしてあるから。手元とPCの画面と、という感じで)
同様に、本当は遠くを見る時専用の眼鏡もあった方が良いのかも知れませんね(それは観劇専用?(^^;)。でも、日常生活では、頻繁に遠くを見たり近くを見たりする訳ですから、一つの眼鏡で済めばその方が便利には違いないですよね。
でも、「ちゃんと見える」という状態には、もうどうやったって戻ることはないのだ、と思うと、少し「老い」を意識してしまいました(もっと画期的な遠近両用眼鏡が開発されたら解決するのでしょうか?!)
病気ではなくとも、年を重ねるにつれて色んなことが不自由になっていく。「高齢者体験」のようなことをするのに、ゴーグルかけたり指に何か巻いてみたりして不自由さを味わいますが、だんだん自分もそうなっていくのだと。
本当は、もう親はとっくにそういう状態になっている。父も、もう随分前に「遠近両用眼鏡に慣れなくて…」という話をしていた記憶がそう言えばありますが、「慣れるしかないじゃん」って感じで、実に軽くあしらって済ませたような気がします。もっと、親のことも思いやってあげなければな~と、少し反省したのでした。

それにしても、年を取ったらそれでなくても転倒とか気をつけないといけないのに、老眼がもっと進んだら、もっと足元が見えにくい遠近両用眼鏡になるわけですよね。何てあぶない。
ぜったいに、こけてはいけない。こけたら最後。折れたら最後、と思いつつ、毎日駅の階段を駆け降りている私なのです(^^; 整形外科の手術書なんか仕事で読んでいると、もう絶対に肝に銘じてしまいます(--)

| | コメント (4)

2004.06.03

宝塚の魔力

結局、星組東京公演は4回観ました。
宝塚はやっぱり「魔物」だと思いました。これ以上観るとどうなるか自信ないので、もう行きません(^^;
1回観るごとに、まとぶん(真飛聖)への気持ちが変わっていったのには自分でもびっくりです。4回目を観終わったとき、「自分が疲れることはしたくない、というわがままなファン」でいられる日ももう長くはないだろうな、と悟りました。
3回目までは、「うっとり」と楽しんでいる自分がいたのですが、先日は、ショーのフィナーレナンバーで踊る彼女をオペラグラスで追いながら、なぜかじわっときてしまい、われながら、「何でこんなとこで。あほちゃうか(--)」とあきれながら観ていたのでした。
いわゆる「路線」スターとして走り始めたまとぶんのこれからの道のりを、思いやってしまったのですね。願わくば、タータン(香寿たつき)が歩んだような茨の道でないように、とか色々と。まぁ、タータンほど長くはいないでしょうから、あと、せいぜい5~6年で結果は出ているでしょうが…
宝塚ファンが普通の芸能人のファンと違うところ。それは、タカラジェンヌとしての歩み(それは、そんなに長いものではなくて、専科生の道を進まない限りは10数年で終わることが多い)を見守るうちに、「芸」だけでなく、その人の人生の一時期を、まるで共有しているかのような錯覚に陥るところでしょうか。スターさんへの「ときめき」の一方で「親心」のような。
これだから、深~くはまっていってしまうのですよ。「ときめき」と「親心」が一緒になったらもう、「わがまま」なファンではあり得なくなる訳ですわ。そういう独特なファン心理に支えられて、宝塚は90年も続いてきたのですねぇ。と突然納得してみる(^^;
「仕事」という物理的な足かせがあることに心から感謝しつつ(そして、仕事がなけりゃ観にいくお金もない訳だし)、いくつになってもこういう気持ちになれるのは幸せなことだと自分を納得させたり(タータンももちろん年下でしたけど、まとぶんはさらにはるかに若い。そ~んなに年が離れていても、そんなことは関係ないのね、ということも最近実感として分かりましたし。これならおばあちゃんになっても宝塚ファンでいられるゾと(^^;)
しかし、実に性懲りもない自分であります(-.-)

| | コメント (0)

« 2004年5月 | トップページ | 2004年7月 »